転倒をまねきやすい疾患

 

 

転倒の原因は、これら筋肉や運動器のはたらきの低下のほかにも、いろいろある。

 

神経系疾患や心臓系疾患といった病気も転倒の原因となりやすい。転倒は脳出血脳梗塞などの脳卒中でも生じるが、この場合は重篤な神経麻痺などが現われるために、転倒の方はさほど問題にされない。しかし、脳卒中の中でも脳内を走る血管が一時的に閉じることにより生じる、軽い一過性脳虚血発作では、直接生命にかかわるほど重篤な症状は出ないものの、立ちくらみのような症状や転倒などがみられ、少し重い症状としては、半日間だけうまく話せない、手が動かない、などの症状がみられる。いすれの症状も二四時間以上つづかないのが、一過性脳虚血発作の特徴である。また、椎骨脳底動脈不全という疾患も転倒の原因となるが、これは頚椎から脳の底のほうに分布している血管が動脈硬化や骨の変性により狭窄しがかっているところに、頭の位置を変えることにより狭窄がさらに強まり、一時的に血流が止まって意識を失う病気である。その他、パーキンソン病により手足が鉛のように固まった場合や、類椎の老化、変形性頚髄症による足のけいれんも、転倒の原因となる。神経疾患ではないが、聴力障害、視力障害も転びやすい原因となる。

 

 心臓疾患で転倒するのは、心臓の搏動が数秒間とだえて脳に血液が行かなくなるからである。通常は数秒間も心臓の動きがに止まることはないが、心臓のリズムがくずれる不愍脈の人では、まれに数秒間搏動が止まってしまうことがある。不整脈の中でもリズムが遅くなる徐脈性不整脈によってしばしば意識を失うことは理解しやすいが、リズムの速い頻脈性不整脈でも心拍が止まって意識を失い、転倒することがあることを知っておくべきである。

 

 これらは明らかな病気が原因で転倒につながるケースであるが、もっとポピュラーな転倒をまねきやすい状態として、痴呆があげられる。痴呆により注意力が低下し、危険回避の動作が緩慢になることが、転びやすさにつながる。同様に、夜間に興奮し、行動異常を起こすのも、注意すべき状態といえる。若い人であれば、風邪を引いたり肺炎になっても、せきや高熱、筋肉痛といった症状に悩まされるだけであるが、高齢者では、風邪や肺炎でも意識が低下・消失することがあり、そ牡が転倒の原因ともなる。

 

 薬の内服についても、転倒を引きおこしがちな薬には、注意する必要がある。催眠薬・向精神薬などはふらっき・注意力低下を、降圧剤・利尿剤・糖尿病治療薬は失神・めまいを生じさせることがある。また筋弛緩剤は脱力を、パーキンソン病治療薬は夜間の興奮を、抗精神病薬はパーキンソン様徴候を生じさせて、高齢者を転びやすくさせる。