日本の英字新聞を読むことが重要な理由

 高等学校レベルでの英語教育は、日本について英語で語れることを目的とすべきです。この目的に適した英語の教材として、大いに活用したいものの一つに、日本の英字新聞があります。いま日本では『ジャパン-タイムズ』を始めとして、いくつかの英語の新聞、つまり英字新聞が発行されていますが、これを学校でうまく利用すれば、学生たちの会話力はもちろん、一般的な英語発信能力を高めるのに非常に役立ちます。

 これまでにも英米の大新聞や有力週刊誌の記事などを、適当に編集してつくられた、英語の教科書がなかったわけではありません。けれども私の知る限りあまり人気が出ないようです。

 その理由は大きくいって二つあると思います。第一は内容にかかわる問題です。今の学生生徒は、よほど特別面白いことでもない限り、外国で起こったことをクラスで取り上げても、あまり興味を示しません。何しろ以前と違って、今は日本のあらゆるところに、外国の情報は言うまでもなく、外国そのものがあふれているからです。外国のことと聞けば、学生の目が輝いた昔とはまったく事情が違います。

 その上、外国の政治、外交、そして社会に関する記事は、今の生徒たちにそれらを理解するための一般常識が殆どないのと、取り上げられた断片的な外国の出来事が、その社会でもつ文脈や前後関係などが分からないために、たとえ言葉として表面的には読めても、なんとなくピンとこないことが多いのです。

 専門家や特定のビジネスマンなどが、長期にわたって購読していれば、別にどうということもないこと、たとえば以前に起こった関連する事件へのちょっとした言及とか、英米の社会に住む者にとっては常識であるようなつまらぬ知識が、日本の若者に欠けているために、詳しい説明を誰かにしてもらわないと、自分でちょっと読んだだけでは、理解できないことが大変に多いのです。

 こんなわけで、外国の新聞や雑誌をたくさん読めば、国際常識が増えると同時に、英語の力もついて一石二鳥だと思った人が、大金を出して定期購読を始めても、いつの問にか面倒くさくなって、やめてしまうものです。

 第二の理由は英語そのものにあります。英米の新聞雑誌の英語は、概して文章が技巧的で、中には文体がかなり凝ったものも少なくありません。また皮肉や洒落、表現上の遊びなども多 く、英語力があまりない日本の学生にはついていけないのです。その上、俗語やそのときときの流行語などが随時とびだしてきたりして、詳細な注でもつけないと簡単には読めません。

 ところが日本の英字新聞は、これらすべての点て、日本人の英語学習者にとって理想的にできているのです。

 まず内容について具体的な例で言いますと、日本のどこかで火山の爆発があった日の翌日、学校の英語の時間に先生が、英字新聞の関連記事を教材に使ったとしましょう。

 生徒たちは既に家でテレビを始めとする、いろいろなメディアでこの事実を知っていますから、あああのことだなと思いながら英語を読むので、英語をやさしいと感じるのです。単語の点でも、どれが日本語の噴火、爆発、噴煙、火口、火砕流、溶岩などに相当するのかが、初見でもだいたい見当がつく場合が多いから不思議なものです。

 外国語を少しでも勉強したことのある人ならば、誰でも経験があると思いますが、このように事柄や内容を既にある程度知っている場合、そしてとくにそのことが自分に直接の関係や興味のある場合、外国語を理解することは、さほど難しくありません。大体の見当がつくからです。

 これに反してまったく知らない事柄や、自分とは関係のない、考えたこともないことを、外国語でちゃんと理解できるためには、かなり高度の語学力が既になければ駄目です。

 だから英語がまだよくできないけれども、ぜひよくできるようになりたい人は、内容が面白くてしかも自分の語学力であまり無理なく読める程度のものを、いろいろたくさん読みとばすに限ります。その問に単語もどんどんと自然に頭に入り、そして英語に馴れてゆくのです。よく外国語の上達法の一つとして、探偵ものやミステリーがよいなどと言われるのはこのためです。内容がやさしく、筋の面白さに引かれて、分からない点や細部にこだわらず、辞書など見ないで、どんどん読んでしまうから、結果として力がつくわけです。

 これとは反対に、内容に親しみがない上に難しい外国ものを、いちいち辞書を引きながら時間をかけて。それもほんの少ししか読まないようなやり方だと、戦前の学生のように、よほどの必要があるか忍耐力のとくに強い人以外は、たいてい先に進まないのです。

 この点で毎日のように身近な日本の社会で起こる、犯罪や交通事故、選挙や経済開題、天候不順、大雪や台風の被害、地震津波、そして節句や祭りといった年中行事、各種のスポーツといったことを、英字新聞で追うくせをつけて、これを少し続ければ、自分でも驚くほど、英語で自分から話せるようになります。頭の中の知識にとどまらず、体の一部になるということです。

 内容ばかりではなく、言語の面でも日本の英字新聞は、日本の英語学習者に向いています。 それは全般的に英語がやさしいからです。

 その理由の一つは記事の多くが日本人によって書かれているからです。もちろん、これらの日本人記者や寄稿者たちが充分な英語教育を受けた立派な人たちであることは、間違いありません。しかしそれでも日本人が英語を書くと、人によって程度の差はありますが、発想の点や文の運び方などが、日本的になることは避けられないのです。よく日本人の話す英語は日本人にとって分かりやすいと言われるのも、まったく同じ理由からです。

 こんなわけで、日本人が日本の英字新聞を、それも前日あるいは二、三日前の出来事を取り上げたものを読むことは、内容の点でも語学的にも、抵抗が少ないと言えます。そしてこのような学習法を通して英語に馴れてしまえば、後で外国人の「本物」の英語に出あっても、何しろ英語に一応は馴れていて、単語もけっこうたくさん知っているという強みで、まったく歯が立たないようなことはありません。そしてすぐに平気になってしまうのです。

『日本人はなぜ英語ができないか』鈴木孝夫著より