骨折を契機にボケるのか

 

 

 骨折後に手術などをおこない、リハビリテーションを受けて退院するまでのあいだに新たな合併症を発生する割合は、きわめて少なくなっているが、これは日本のすぐれた老人医療および医療制度にもとづくものと考えられる。かつて私の勤務していた老人専門病院では、治療中に新たに発生した合併症の割合を報告している。入院中の合併症でもっとも多がったのが低タンパク血症と貧血であるが、それでも発生率はそれぞれ六・一%、五%と低い。これらは、手術にともなう避けられない合併症ともいえる。その他、膀胱炎、呼吸器疾患、左室肥大などがそれぞれ二~三%に発生している。

 

 しばしば、人腿骨頸部骨折を契機にしてボケることがあるといわれているので、二年間に入院治療したすべての大腿性頸部・転子部骨折患者二天例(平均年齢80歳)の臨床経過をつぶさに観察して、行動異常・精神異常がどのていど発生したか調べたことがある。その結果、夜間譫妄(夜間、賍くなったり、寝静まった時に生じる、感情の起伏と不明の言動をともたった意識障害)を中心とする行動異常・構神異常がみとめられたが、そのうち一一例は入院したあと平均三・四日日に生じており、手術日や手術直後に生じた例は

わずか五例と少なかった。この結果から、高齢になって初経験する、骨折による入院、ベイドでの臥床、疼痛などが、患者さんを不安におとしいれ、夜間譫妄を生じさせるのではないか、と考えられる。これら構神異常・行動異常は発症後平均一〇日間で消失しており、四五日間継続し、そのまま退院した。例をのぞけば、五例は完全に治癒して退院していた。このことから、二例の大腿骨頸部・転子年骨折のうち一例をのぞけば痴呆は発生しなかったともいえ、骨折が痴呆を招きやすいとは結論づけられなかった。