廃用症候群

 

 

 骨折は、若い人にとっても高齢者にとっても、痛みをともなうこまった状態であるが、若い人にとって骨折は、一定期間の不自由さと若子の傷や関節の動きの悪さを残しただけで治ることが多い。しかし、高齢者の骨折については、たとえ骨折部がきちんと治っても、治療期間・臥床期問が長び汗ばそれだけ筋肉や幄が弱くなり、心臓のはたらきも衰える。このように体を使わないことにより衰える状態を、廃用症候群という。

 

 野生動物の世界では、群といっしょに歩けなくなれば、その個体は餌にありつけずに死につながる、とされている。短時間に速く獲物を食べられないだけでも飢餓状態におちいることから、丈夫な歯がないことは生命をおびやかす要因となる。ところが、智恵があり、医療や福祉の制度が充実した社会に住んでいる人間では、歯が悪くとも十分なカロリーを摂取でき、体が動かなくとも生命を奪われることはない。しかし、人間もしょせんは動物の仲間、体を動かさない日がつづけば体の機能に異常をきたす。

 

 体を使わない言長期間臥床などをつづけた場合、骨が弱くなって骨粗鬆症になりやすいことは、すでに述べたとおりである。さらに、筋力が低下したり、関節の動きが悪くなって関節拘縮の方向にすすんたりする。また、気づかないことが多いが、長いあいだ外気にあたらず、圧迫もされないで臥床していると、皮膚が薄くなってしまい、床ずれをつくったり、引っかくと大きく裂けたりすることもある。このように皮膚が薄くなったり褥瘡ができやすくなることも廃用症候群の一型で、逆に、きたえている足底や顔の皮膚、相撲とりの皮膚は厚く、容易には傷つかない。

 

 廃用症候群は内臓や血管にもおよび、長く臥床したままでいると、全身の血管はさまざまに体位を変えた場合に応じた収縮・拡張作用を忘れてしまい、急に座ったり立ったりすると低血圧になったり、脈が速く打ったりする。この起立性低血圧や頻脈も、廃用症候群の一面である。長期間の臥床は肺に痰をたまらせて息切れをさせ、排尿時には膀胱内の尿を完全に出しきることができず、頻尿・膀胱炎をひきおこしやすくなる。また、消化管からの消化吸収能力の低下や腸管の動きが悪くなることなどにより、食欲不振や便秘を招く。さらに臥床が長期間におよぶと、ついに何も考える気力がなくなり、周囲へ関心をしめさなくなることから、知的機能の低下をもたらす。高齢者が骨折した場合、ゆっくりと臥床し、治療をしているあいだにこれらの廃用症候群が生じることがら、早期治療・早期離床が高齢者骨折治療の鉄則となる。