プリオン説の本質

 

 プリオン説の本質は、スポンジ状脳症の病原体の正体が、タンパク質であるとする点だ。従来、病原体は細菌にしろ、ウイルスにしろ、すべて遺伝子(DNAもしくはKNA)を持っていた。だからこそ、宿主の内部に侵入した後、その遺伝子のコピーを増やして増殖することができたのである。多数の株(変‐1(型)が生まれたり、種の壁を越えて感染したり、型によってワクチンが効かなかったりするのもすべて、遺伝子が変化(進化)するからである。ところが病原体プリオンには遺伝子がない。タンパク質だけから成り立っている。だから、プリオン説は、タンパク質単独犯行説とも呼ばれている。病原体に遺伝子が含まれていないとしたティクパー・アルパーの仮説そのものである。

 

 では、遺伝子を持たない単なる物質としてのタンパク質が、どのようにして感染したり、増殖したりすることができるのだろうか。プルシナーは、スポンジ状脳症にかかった動物の脳を、正常動物の脳と比べてみて、病気の脳に蓄積している特有のタンパク質があることを見出した。彼はこれこそが病原体であると直感し、プリオンタンパク質と命名した。正確にいうと、プリオンとは、プリオンタンパク質を唯一もしくは十要な構成成分とする新しいタイプの病原体である、と述べていた。もしくは“主要な”というところに、万一、別の成分が発見された場合に備えて、逃げ道を作っておいたつもりだったのだろうが、今では、ほとんど、病原体プリオン=異常型プリオンタンパク質、という定義が通用している。

プリオン説はほんとうか?』福岡伸一著より