プルシナーヘの反発

 

 従来、地道な研究を続けてきたスクレイピー病研究者やヤコブ病研究者たちは、突然発表された“プリオン説”に大いに憤慨した。専門料学誌に詳細な実験結果が報告される前に大衆紙を使って宣伝がなされた、という学界の慣行破りに、まず不快感が先行した。しかし、なによりも問題とされたのは、この分野ではすでに他の研究者が明らかにしてきたことをとりまとめて羅列しただけで、ほとんど何もプルシナー白身の新発見はないに等しいにもかかわらず、「プリオン」という新語をいきなり打ち出してきたことだった。

 

 事実、プルシナーが挙げたに“六つの証拠”はいずれもプルシナー自身の研究成果ではなく、数十年にわたるスクレイピー病研究の先人たちの論文データの引用である。また、放射線照射や紫外線照射を行ってもスクレイピー病原体が容易には不活性化しないことから、病原体は非常に小さく、もしかすると核酸を持たない新生物かもしれないという推察は、先にも記したようにティクパー・アルパーのものである。さらに、タンパク質だけからなる病原体があって、それが増殖するメカニズムのモデルは、グリフィスが考案したものだ。プルシナーの総説はこれらを言葉巧みにつなぎ合わせたものである。

 

 あえて、プルシナー白身の成果は、といえば、脳に、病気の脳に特有に存在するタンパク質を発見し、精製法を改良して分子量五万程度と推察した点くらいである。しかし、この論文で、もっともインパクトがあり、もっともすばらしい「発見」は、プリオンという言葉を造り出した、

プリオン説はほんとうか?』福岡伸一著より