伝達性ミンク脳症と供給病

 

 

米国では古くから高級毛皮の給源としてミンクが、“ミンク農場”で大規模に飼育されてきた。このミンクにも、伝達性スポンジ状脳症が発生する。最初の症例は、米国ウィスコンシン州のミンク農場で発見された。症状は興奮、運動失調、硬直、痙攣、昏睡などであり、急性の経過をたどって死亡する。その後、米国で伝達性ミンク脳症の発生が時をおいて報告されている。

 

 一九八八年には同州ステッソンビルの農場で数子頭規模の大発生が起こり、州立大学の獣医マーシュらが検討を行った。ミンクは肉食獣であり、そのエサは、この農場の場合、周囲五○マイル以内にある他の農場で発生した起立不能な病牛、いわゆるダウナーや、殺処分した乳牛の内臓などが用いられていた。

 

 少欲の馬肉、鶏肉、魚、穀物なども用いられていたが、羊肉はまったく使用されておらず、いわゆる肉分粉も使われていなかった。発症したミンクの脳サンプルを牛に投与したところ、狂牛病を発症した。この実験からマーシュは、米国にも潜在的に狂牛病が存在している可能性を警告した。これに対して、マーシュは業界団体などから激しい攻撃を受けた。彼は米国における狂牛病発生の公式報告に接する前にこの世を去った。狂牛病の発生を示唆するミンク脳症の実験結果にもかかわらず、米国当局は現在に至るまで、二〇〇二年以前に米国内に狂牛病が発生していた可能性についてこれを認めていない。二〇〇三年、二〇〇四年に相次いで見つかった米国の狂牛病発生の原因は何か?・ 汚染された肉骨粉が与えられたのか、それとも別の感染ルートがあるのか。伝達性スポンジ状脳症をめぐるパズルには、まだ見つかっていないヒースが存在しているのだ。

 

 羊から牛、牛からヒトヘの伝達には、病原体を含んだ食物連鎖が関わっていると考えられる。クールー病のようにヒトからヒトヘも、この例に当てはまる。

 

 では、肉骨粉を介して狂牛病の原因となったと考えられている羊のスクレイピーはそもそも何が原因で発症し、どのような伝達経路で羊の問で感染していったのだろうか。前者の答え、つまりスクレイピー病の起点は、いまのところまったく不明である。きわめて稀に起こる羊の風土病として、ずっと昔から、限られた他の身体に病原体は封じこめられていて、時として顕在化したとしかいいようがない。

 

 では、後者の答え、過去幾度となく間歇的に羊の群れに集団発生したスクレイピー病の伝達様式には、どのようなメカ三スムが考えられるだろうか。汚染された肉骨粉を与えられた羊が、狂牛病と同じスポンジ状脳症を発症した例が狂牛病禍の過程で知られているが、スクレイピー肉骨粉が普及するずっと以前、少なくとも二九〇年以上前から、ある特別の群れに同時多発的な発生が認められている。牛は共食いをすることはないので、病気の羊の肉が経口的に他の羊の身体に入ることは、通常はありえない。羊から羊への伝達メカニズムはどのように考えたらよいのだろうか。

 

 現在もっとも可能性のある考え方は次のような仮説である。羊の放牧地ではお産も自然に任され、しばしば出産にともなって胎盤が放置されることがある。スクレイピーにかかった羊の胎盤

プリオン説はほんとうか?』福岡伸一著より