睡眠不足で新生神経細胞が減少

医療・各種サービス業において、労働の二四時間化が急速に普及した時期にあたります。労働者の不規則な勤務シフトは寝不足をまねきます。睡眠不足は脳の可塑性にどのような影響をもたらすのでしょうか。

 たとえば、ハエの睡眠に関して興味深い実験報告かあります。ハエの脳内のシナプス特有のタンパク質を調べると、目覚めているときに発現量が多く、睡眠後では減っていたそうです。また、シナプスの数も睡眠中に減少していたというのです。起きている間に使わなかったシナプスを間引きし、経験したことや学習したことで強化されたシナプスに必要なエネルギーを回して、学習したことをがっちりと記憶して固める機構に、睡眠が影響を及ぼしているのではないかというわげです。学習や記憶と密接に関わるといわれる睡眠ですが、この実験は、睡眠と神経可塑性の関連を示す興味深い結果報告です。

 一般に睡眠不足は、健康を害し、体温・体重の減少、予不ルギー消費の増加、過食など悪影響をもたらしますか、これには内分泌の変化、特に前述したストレスホルモンであるコルチゾールか関与しています。

 ここで、睡眠不足と神経可塑性の関連をうかがわせる一つの実験をご紹介します。ラットを直径六センチメートルの小さな台の上で飼育し、下には水を張っておきます。寝るとその台から水のなかに落ちてしまうという実験をしました。ラッ卜にとって水は不快な刺激なので、下に落ちないように、小さな台の上で寝ずに起きていなくてはなりません。すると、海馬における新しい神経細胞の数が減少してしまったのです。また、このラットはコルチゾールか血中に増加していました。

 そこで副腎を摘出してコルチゾールか分泌されないようにすると、睡眠不足でも神経細胞新生の抑制か起こらなくなったのです。つまり、睡眠不足によるコルチゾールの増加が、新たな神経細胞をつくるのを抑えていたのです。

 このように神経細胞の新生と密接に関連するコルチゾールですが、コルチゾールを人工的に低い状態に保っても神経細胞新生が増加するわけではありまぜん。また、血中コルチゾールレベルは睡眠中に最も低くなりますか、たくさん寝たからといって新しい神経細胞が増える証拠もありません。しかしこの実験により、睡眠か不足すると新生神経細胞が減ることが示されたことから、ひいては人間の睡眠不足も、その人の学習・記憶を妨げることの証明につながるかもしれません。