大腿骨頸部骨折の発生要因

 

 

 大腿骨頸部・転子部骨折は骨粗轍症患者に生じやすいことにはまちがいないが、骨のカルシウム量がひじょうに低い人でも、つぎの一年間にまちがいなく骨折が生じるかといえば、そうとはいえず、一方骨のカルシウム量の少なくない人でも骨折にみまわれることがある。そこで、人腿骨頸部・転子部骨折の発生要円がくわしく調べられた結果、骨密度低以外に骨の性質や骨の形からなる骨脆弱性、転びやすさ、転んださいに骨に加わる衝撃の大きさ、などが関与していることがわかってきた。

 

 骨の性質についての研究は十分には進んでいないが、過去に手首など体の一部に骨折をおこしたことのある人は、その後大腿骨頸部骨折を生じやすいことや、一度でも脊椎骨折を経験したことのある人は、ふたたび脊椎骨折を生じる確率が高いことなどがわかっている。このことから、骨のカルシウム量に加えて、骨のコラーゲン線維の・多さや性質、骨梁の走行や数、骨を保護する筋肉などが、骨の折れやすさの性質を決めているものと推定されている。

 

 骨の形については、日本人女性はアメリカ人女性よりも平均して五~一〇%も骨量が低いにもかかわらず、大腿骨頸部骨折の発生率が約二分の一と低い原因の一つではないか、として調べられている。日米共同の研究によると、日本人女性の人韃骨頸部骨密度は、アメリカ人女性のそれに比べて平均一二一%少ないが、大腿骨頸部の長さも平均ニー%短く、そのために平均十四倍も骨折にたいする安全性が高いことがわかった。このように、普段は嫌われている短足の原因である骨の短さが幸いして、骨折しにくさに貢献していることになる。

 

 ほかに、人腿骨頸部のカルシウムが力学的に大切な部位に少ないようであれば、骨折しやすくなってしまう。この観点からみると、大腿骨頸部の下側にくらべて上側に、より多くのカルシウムが集まったほうが、骨折しにくいといえる。

 

 以上のように、骨密度、骨の性質、骨の形、カルシウム分布などが骨脆弱性に影響しているが、そのうち、薬や日常生活で修正しうるものは骨密度だけである。

 

 骨折しやすさのもう一つの要因である転倒についても研究が進んできている。高齢になると、

静かに立位を保持しているつもりでも、重心が若い人の二~三倍も揺れ、一方で体の揺れにさからって立っていられる範囲が九分の一にも狭くなる。このことと、とっさの判断に慎重性を欠く傾向とがあいまって、すべった、つまずいた、ふらついた、といったささいなことで転倒するケースが、それぞれ高齢者の転倒原因の一五~二五%、あわせて七五%にも達する。そして七〇代後半の女性では、転倒の約一割は骨折につながることもわかっている。したがって、身体状況を改善する、衣服・履物を考慮する、家屋・環境を整える、などで転倒を防ぐことはしても、骨折部が大きくずれて、あとの治療がうまくいかなくなることはない。したがって、この骨折が疑われた場合、患者さんが耐えられないような痛みを生じさせないかぎり、体を動かしてもよいといえる。とにかく早く医師に診せることが大切であり、積極的な対応が望まれる。

 

 医師は診察後、太もものつけねの部位のレントゲン像を見て診断を確定することになる。

 

イギリスのある大学では、転倒クリニックを開設して、一時間の問診・指導と一時間の家屋訪問指導をおこなうことにより、転倒を防ぎ、骨折発生率を半減できた、という報告がある。日本でも、転倒外車が医療として、また保健として成り立つ日が、近いうちにくるであろう。

 

 骨折発生に関する最後の要因として、転倒のさいに衝撃をやわらげる役目をする皮下脂防が薄くなっていることがあげられる。これにたいしては、肩パッドのようなプロテクターを臀部にあてて骨折を予防しようとの方策が、デンマークやイギリスなどで試みられている。プロテクターをあてた高齢者二四七人は、あてなかった高齢者四一七人にくらべて、大腿幄頸部・転子部骨折の発生率が約二分の一に低下した、との報告もなされている。

 

 以上のように、骨そのものが弱いだけでなく、転倒しやすいことや、臀部皮下組織が貧弱であることなども、骨折しやすくなる原因となっているのである。